大判例

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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)3061号 判決 1982年8月30日

原告

村井秀禎

被告

工藤章

主文

一  被告は原告に対し、金五四九万六一六〇円及び内金五〇九万六一六〇円に対する昭和五一年四月九日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中参加によつて生じた分はこれを三分してその二を補助参加人の、その余を原告の負担とし、その余の訴訟費用はこれを三分してその一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

1  被告は原告に対し、金八五六万六二八〇円及び内金七七六万六二八〇円に対する昭和五一年四月九日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一(事故の発生)

原告は次の交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を受けた。

1 発生日時 昭和五一年四月九日午前九時五分ころ

2 発生場所 札幌市北区北六条西五丁目交差点

3 加害車 普通乗用自動車(札五五た四四〇七号)

右運転者 被告

4 被害者 原告(当時普通乗用自動車(札五五つ八四六六号)を運転中)

5 事故の態様

被告は加害車を運転して、信号二回ないし三回待ちで通過する本件交差点を西進して差しかかり左折しようとしたところ信号機直前でエンストを起こした。折から右被告車と並進しその左折の合図とエンストの状況を注視していた原告は、自車を同交差点で左折すべく、十分左側車両が左折できる部分を残しながら左折を開始し同交差点をほぼ通り抜けたあたりで、被告は同交差点内に突然飛び出し加害車左前部を原告車の右側面後部に追突させた。

6 結果

(一)  その結果、原告は頸部挫傷(頸椎六―七の亜脱臼)の傷害を受け、眼精疲労、立ちくらみの症状を残している。

(二)  原告所有車両の前記追突部分に損傷を受けた。

二(責任原因)

1 被告は加害車を所有して、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条によつて、本件事故により生じた後記損害を賠償する責任がある。

2 被告は前記のような過失により原告に損害を与えたのであるから、民法第七〇九条により後記の物損を賠償すべき責任がある。

三(損害)

1 通院交通費 金一万〇九五〇円

原告は担当業務の関係上、健康状態悪化を理由に勤務を休まれない場合があり、そのような場合通勤に営業車を使用する必要があること、また本件事故に関連した事項の処理に営業車を使用する必要がある。

右の理由で昭和五一年四月一〇日から同年九月一四日まで合計二一回営業車を使用し、その金額は一万〇九五〇円となつた。

2 治療費関係等 金八万八四三〇円

(一)  原告は本件事故に関して包帯代、初診料、診断書料等として金一万三五五〇円を支払い、同額の損害を被つた。

(二)  薬用食品費 金七万四八八〇円

原告の受けたむちうち症状には、特に自然食品である豆元がその治療に効果があるため、昭和五一年四月二八日から同年八月三一日まで合計金七万四八八〇円分購入し服用した。

よつて、同額の損害を被つた。

3 通院慰藉料 金六〇万円

原告は前記傷害により昭和五一年四月一〇日より同年九月一四日まで斗南病院整形外科に、同年八月二六日より同年九月二八日まで札幌市の佐藤外科医院にそれぞれ通院、治療を受け、その後も通院加療中であり、この精神的損害を慰藉すべき額は金六〇万円が相当である。

4 後遺症の慰藉料 金七五〇万円

原告は本件受傷前の昭和五一年一月七日までは少くとも両眼が裸眼で〇・七以上の視力を有していたのに、本件事故により両眼とも視力〇・一以下の近視状態となつた。

右後遺症は自賠法施行令別表の六級一号に該当し、従つて同人が被つた精神的損害を慰藉すべき額は金七五〇万円が相当である。

5 眼鏡代 金三万五二〇〇円

前記のとおり本件事故により原告の視力が低下し、昭和五一年四月二一日眼鏡を使用することとなり、更に昭和五二年四月九日眼鏡レンズを取りかえる結果となつた。その費用は金三万五二〇〇円であるので、同額の損害を被つた。

6 車両修理代 金九万一七〇〇円

原告所有車両の修理代として金九万一七〇〇円を支払つたので、同額の損害を被つた。

7 損害の填補

原告は本件事故による自賠責保険金として金五六万円を受領したから、その限度で損害が填補された。

8 弁護士費用

以上のとおり、原告は金七七六万六二八〇円の損害賠償を被告に対し請求しうるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、同原告は弁護士大家俊彦に本訴の提起追行を委任し、着手金として金二〇万円をすでに支払つたほか、成功報酬として金六〇万円を支払うことを約した。

よつて、合計金八〇万円の損害を被つた。

9 よつて、原告は被告に対し損害賠償として右の合計金八五六万六二八〇円およびこれより弁護士費用を除いた内金七七六万六二八〇円に対する本件事故の日である昭和五一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、立証として、証人音無克彦の証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用した。

被告訴訟代理人は、

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、請求の原因に対する認否として、

一  第一項中、1ないし4は認める。

同5の事実中、原告主張の交差点で左折進行中の原告車輌の左側面に被告車輌が衝突した事実は認めるが、その余の事実は争う。同6は不知。

二  第二項は争う。

三  第三項はいずれも不知。

と述べた。

補助参加人代理人は、立証として鑑定の結果を援用した。

当事者の文書書証の提出・認否は別表の該当欄記載の通りである。

理由

一  文書書証の成立を認定した根拠は、それぞれ別表の該当欄記載の通りである。

二  本件事故の存在、当事者関係については当事者間に争いがない。

ここで甲第一一号証ないし同第一三号証によれば、被告は加害車の所有者であること、本件事故発生の原因は、事故現場となつた交差点において、エンジンが停止した加害車を発進させるに当つて被告が自車前方の状態を確認しないまま前方にこれを飛び出させたという被告の過失にあることが認められるから、被告は原告が本件事故によつて被つた損害中相当因果関係を有するもの全部を賠償しなければならない。

三  そこで原告の損害について検討する。

1  治療費等 一万八七五〇円

甲第一五号証の一ないし一五によれば、原告は検査・治療費及び文書料として合計一万八七五〇を支出したことが認められる。

2  交通費 一万〇五一〇円

甲第一四号証の一ないし二一によれば、原告はタクシー代として合計一万〇五一〇円を支出したことが認められる。後述する原告の傷害の部位程度からみて通院にタクシーを使用しなければならない状態であつたかどうかは疑問であるが、原告本人尋問の結果(第一回)からうかがわれる通り、原告は治療・通院期間中も欠勤することはなかつたものであるところ、このような場合にタクシー使用は時間活用の意味で已むを得ないものであると考えられる(また一般的には、右のような状況であればこれによつて休業損害として現われる部分が減少し、加害者にとつても不当な負担となることはないと言えよう)。

なお、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、前記タクシー代の中には通院のため以外のものも含まれていることが認められるから、その部分の相当性は疑問であるとせねばならないが、前記甲第一四号証の一ないし二一の示すタクシー利用期間は本件事故の翌日である昭和五一年四月一〇日から同年九月一四日までであるに過ぎないところ、前記甲第一五号証の一ないし一三及び甲第四号証と対比すれば、甲第一四号証の一ないし二一に現われていない通院日のあつたことが明らかであることから、結局前記一万〇五一〇円を下回ることはなかつたものと考えられるので、この限度で全部原告の損害と認める。

3  健康食品代 なし

原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は本件事故後、鞭打症に効くとして「豆元」なる食品を用いていたことが認められるが、その合理的な有効性が一般に承認されているものとはいい難く、従つてその費用を本件事故による損害として被告に負担させることは相当でない。

4  入通院慰藉料 五〇万円

甲第四号証、同第五号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は本件事故に起因する頸部挫傷のため、昭和五一年四月一〇日から少なくとも同年九月二八日までの間、斗南病院及び佐藤外科医院に通院して治療を受けたことが認められる。通院回数が必ずしも明らかでないことを考慮すると、これに対する慰藉料としては五〇万円が相当である。

5  後遺症慰藉料 五〇〇万円

甲第二号証、同第六号証、同第一九号証、証人音無克彦の証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告の視力は本件事故の直前まで裸眼で自動車の運転に堪える程であつたのが、本件事故後急激に低下し、事故後二箇月の段階では両眼とも〇・一にまで低下したこと、その後も低下する一方で現在では両眼とも〇・〇三という状態であることが認められ、更に右症状について主治医は、右近視は外的な要因によつて突然生じたものであり、その具体的なメカニズムは必ずしも明らかでないものの、原告の右症状は本件事故によつて発生した頸椎捻挫(甲第三号証)に起因する両眼の異常であつて回復の見込はないと診断したことが認められ、右事実によれば原告の前記視力低下は本件事故と因果関係を有し、即ちこれによつて生じたものであると推認することができる。

鑑定の結果は、原告の前記症状は「事故に遇つたという心理に基づく所謂外傷性神経症様のものであろうかと推定される。」というのであるが、それまで全く眼鏡を必要としなかつた原告(第一回原告本人尋問の結果)の視力が本件事故を契機として突然急激に低下し、その後六年を経ても悪化する一方である(第二回原告本人尋問の結果)というのが単なる「神経症様のものであろう」とは思われず、右鑑定の結果は証人音無克彦の証言(第二回)に対比して採用できない。

また原告は本件事故当時四一才であつた(甲第二号証)から年令上老眼(遠視)の現象が生じることはあり得ようが、原告の障害の内容は近視であり、またその視力の前記の如く急激な低下がその年令によつて生じたものとも解されない。

なお本件事故の衝突の程度は丙第一号証の一・二の示す通りであり、これによれば、原告運転の被害車両は左側リヤフエンダー及び左側バンパーが凹損したことが認められ、追突事故としてはその程度は必ずしも大きいものではなかつたといえよう。しかしながら車両に対する損害が右の通りであるからといつてこの一事をもつて原告の人体に生じた前記後遺障害の存在を否定することは明らかに無理であろう。

而して原告の右後遺症に対する慰藉料としては、その後も視力が落ち続けているという事実が原告に不安を与えていると思われる反面、事故が昭和五一年当時のものであること、眼鏡の使用によつて日常の勤務・生活には格別の不都合はないと考えられることを併せ考慮して、五〇〇万円をもつて相当と認める。

6  眼鏡代 三万五二〇〇円

甲第七号証及び同第八号証並びに原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は本件事故による前記症状のために眼鏡を要する事態となり、その費用として原告主張通り合計三万五二〇〇円を要したことが認められる。

7  車両修理費 九万一七〇〇円

甲第九号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告の被害車両の修理代金として九万一七〇〇円を要したことが認められる。

8  小計 五〇九万六一六〇円

以上1ないし7の合計金額は五六五万六一六〇円となるが、そのうち既に五六万円の填補を受けたことは原告の自陳するところであるから、右金額を控除すると、残額は五〇九万六一六〇円となる。

9  弁護士費用 四〇万円

原告が本件訴訟の提起・追行を弁護士大家俊彦に委任したことは本件記録によつて明らかであるところ、弁護士費用としては、前記認容額その他本件口頭弁論に現われた諸般の事情を考慮して、四〇万円をもつて本件事故と相当因果関係を有する原告の損害と認める。

四  以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求は、前記未払損害額合計五四九万六一六〇円及び弁護士費用を除いた内金五〇九万六一六〇円に対する本件事故の日である昭和五一年四月九日からその支払の済むまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九四条後段、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

別表

<省略>

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